2009年12月29日

のだめカンタービレ最終楽章前編

 見てきました。「のだめカンタービレ」

 切ない終わり方でした。
「もうできているんだから、早く続きを見せて!」と言いたいです。

 後編まで見ないことには、感想を書けませんね。

 とりあえず、のだめ好きには楽しめる作品だと思います。
TVののだめを見ていない人にはちょっと厳しいと思いますが。

 早く続きが見たい〜!!
posted by ♪Sunny at 23:43| Comment(4) | TrackBack(0) | 邦画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月09日

「夢にときめけ、明日にきらめけ!」

 今日は、エルと二人で「ルーキーズ」の映画を見に行きました。
グイドは、TVの「ルーキーズ」を見ていなかったので、映画も「別にいい」とのことで、エルと2人で出かけてきました。
 夕方6時40分からの上映ということで、子供を連れていくには遅いかな、と思ったのですが、わたし一人で行ったらエルが怒るし、エルと一緒に行こうと思うとその時間しか行けませんでした。行ってみたら、子供もたくさん来ていました。
今日はレディスデーだったので、それを狙ってきたお客さんも多かったようです。わたしもその一人でしたが。とにかく、平日の夜でしたが、お客さんはいっぱいでした。

 映画は、熱い青春物語で、冒頭の、御子柴君のモノローグを聞いただけで「ウルウルッ」と来ちゃいました。
 「夢に向かっていく青春時代、良いなぁ」「これからこの子たち、どんな人生を送っていくんだろう」とか、色んなことを考えながら見ていました。
隣にいるエルはどんな夢を持って、どんな風にその夢に向かっていくんだろう…。
わたしもいくつになっても夢にときめき、明日にきらめいていたいなぁ。

 エルも、感動して何度か泣いていました。特に試合のクライマックスではしゃくりあげるほど泣いていました。
終わってから「どんなところに感動した?」と聞いても「説明できない」と言っていましたが…。

 もともと御子柴役の小出恵介は好きだったし、御子柴君の役もすごく好き。今回も良い役でした。
新庄役の城田優は、「ルーキーズ」以前は興味なかったけど、「ルーキーズ」ではまって、「チーム・バチスタの栄光」も見て、「良いなぁ」って思っていました。今回、新庄は、ひときわ美味しい役でしたねぇ。
 今回は本当に2時間半ぐらいの上映時間にそれぞれのキャラクターに見せ場があって、良かったですけど、やっぱり、TVシリーズ11話かけて積み上げたものがあってこそのストーリーだったとは思いますね。
 やっぱりポジティブになれるストーリーは良いです。諦めないで夢に向かって歩き続けよう、と心から思いました。
ラベル:映画 ルーキーズ
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2008年09月23日

パコと魔法の絵本

 いや〜、面白かったです。
 笑って、泣いて、感動しました。

≪あらすじ≫ 
そう遠くはない昔、あるところに変な人ばかりが集まる病院があった。院内一の嫌われ者だった偏屈なクソジジイの大貫は、ある日、一日しか記憶を保てないパコという少女と出会う。彼女にも意地悪にしか接しられない大貫は、パコが悪事を働いたと誤解して頬っぺたを引っ叩いてしまい、ひどく後悔する。翌日、何事もなかったように大貫に近づいたパコだったが、彼が自分の頬っぺたに「触れた」ことは覚えていた。彼女に詫びるために、大貫は病院の皆に頭を下げ、一緒にパコの愛読する絵本を演劇として演じてくれと懇願する。

≪キャッチコピー≫
子どもが大人に、読んであげたい物語。



 ポニョの作品説明に『少年と少女、愛と責任、海と生命、これ等初源に属するものをためらわずに描いて、 神経症と不安の時代に立ち向かおうというものである。』というのがありましたが、わたしとしては、「ポニョ」より、「パコ」の方がよほど「神経症と不安の時代に立ち向かっている」という気がしました。

 物語は現代版「クリスマスキャロル」という感じ。
でも「クリスマスキャロル」と違うのは主人公だけではなく、登場人物が一人一人、心の弱さや傷を抱えていて、屈折しているのです。
 でも、その一人一人が、物語の進行、展開とともに癒されていくのが何とも感動的なのです。
 それでいて、説教臭いというよりスラップスティックに近いハチャメチャな展開であるところ、そして、メルヘンチックな設定や映像。
 うちの娘は、ゲラゲラ笑いながら、楽しんでいました。
 でも、わたしは、笑いながらも、物語の途中からすでに涙涙…。
クライマックスでは娘もわたしもグイドもすすりあげながら泣いていました。

 役所広司の怪演ぶりもすごいですが、狂言回しの役割を果たす阿部サダヲはやっぱり達者な役者さんだと感服しました。
 とはいえ、今回は、出演者一人一人が「怪演」と呼ぶに相応しい演技で、皆さん(それなりに)魅力がありました。


 ラストに向かって、観客を裏切る仕掛けがあったり、意外な告白(?)があったりで、最後まで気が抜けない映画でした。

 これ以上書くとネタばれになるので、とりあえずはこんな感じで…。
またネタばれバージョンの感想は別に書くことにいたしましょう。

 まずはお勧めできる映画でした。

 ただし、虚構の世界、演劇でも映画でも、それらを見る時の鉄則を忘れてはなりません。
「芝居とは最高のものでもしょせん実人生の影にすぎぬ、だが最低のものでも影以下ではないのだ、想像力で補えばな」
これはシェイクスピア「真夏の夜の夢」の中の有名なセリフ。(すみません、どなたの翻訳だったか忘れました)
期待しすぎない程度の軽いノリで、ご覧下さい。
posted by ♪Sunny at 01:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 邦画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月07日

オペレッタ狸御殿

 見てきた〜!「オペレッタ狸御殿」黒ハート
基本的にはオダギリジョーを見るために。
もう一つは、「狸御殿」そのものに興味があって。
結論から言えば、面白かった。
ただし、往年の「狸御殿」をイメージして見に来られた年配の御婦人方にはちょっとキツイだろうな…というのが見終わった印象だった。
「キツイ」というのは、上手く言えないのだけど、ちょっと理解するのが難しいかも…、というか、違和感を感じるというか…って感じかな。
鈴木清順監督は独特の芸術性を持っていて、シュールなんだけど、ユニークで、不思議に美しい。
ただ、往年の狸御殿(と言ってもそんなに数々見たわけではないけれど)とはちょっと違うよな、って感じ。ま、でも、ミュージカルなんて、もともとが不条理な世界だものね。
 それにしても、チャン・ツィイーは綺麗だったし、平幹二朗はとっても妖しかった。
平幹二朗の歌がすごく上手いのでびっくりした。歌える人だったんだ〜。
由紀さおりと平幹の、ラップなんてものも、普通じゃ考えられないよね。
高橋元太郎が上手いのは、何せ「マッハGO!GO!GO!」の主題歌を歌っていたぐらいだから、知ってはいたけど、歌っているところを見たのは始めてかも?
 とにかく色んなジャンルの音楽が使われていて面白かった。
ちょっとしか出ていなかったけど、篠井英介はいいなぁ。あんな役(農民)、初めて見たけど、雰囲気があって上手さを感じさせるよね。
 でもま、何と言ってもオダジョーだよね。
なんか、あの衣装着て、歌いながら美しき若殿やっているのが、なんだか見ているほうまで照れ臭くなってくるような…。
本人もはにかんだように笑っているのが、演技なのか、本当に恥ずかしくて笑っているのじゃなかろうか、と思うほど。そういうナチュラルさがオダジョーの魅力なのかも。
存在感があるのかないのかも分からないようなところがなんともいえなかったりする。
その夢夢しさが「狸御殿」なのかもね

posted by ♪Sunny at 19:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 邦画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月03日

この世の外へ―クラブ進駐軍―

 ジャズもの、それも、スゥィング系、と見て、借りてみた。
それに、オダギリジョーが出ていたし。
主演は萩原聖人。
詳細は公式サイトをどうぞ。http://www.konoyo.jp/
で、感想を簡単に。
 戦後の人々のバイタリティーや、やるせなさ、退廃、アイデンティティの崩壊、友情、そして音楽・JAZZ、絶望と希望…色んな色んな要素が盛り込まれた作品で、なかなか面白かった。
オダジョーは、ちょっと三枚目チックな役どころで、なかなか良かった。
「今は喧嘩よりJAZZだろう!」から、「羽黒山よりJAZZだろう!イングリッド・バーグマンよりJAZZだろう!!!」と続く台詞も可笑しいのだけど、その後の「今の俺たちラッキーでストライクじゃねえか!(「ラッキーストライカーズ」はバンド名)ハッピーでピースじゃねえか!!ワンダフルでビューティフルじゃねえか!!!エンタツでアチャコじゃねえか!!!!」ってところが笑えた。
「エンタツでアチャコ」これ、分からない人には分からないだろうけど…。
 でも、そんな彼も本当は親が長崎で被爆と言う背景を持っていたりする…。
萩原聖人はもともと好きじゃないのだけど、この役は合っていたと思う。
松岡俊介は抑えた感じがすごくよくて、今まで映画「T.R.Y.」やTVで見ていた中では一番好きかも。
大杉漣さんはやっぱり渋い。
アメリカから参加している主要キャストの二人がまた良かった。

 JAZZは本人たちが演奏していたようで、はっきり言ってお世辞にもすごく上手いは言えなかったけど、だからこそ良かったのかもしれない。

 何が良いとか、どこが良いとかじゃなく、雰囲気のある映画。
こんな風に声高に「戦争反対!」と言わないで、戦争の愚かさやむごさを伝えている映画って、いいと思う。
 最初は憎んでいた主人公と音楽を通して友情を築いた米兵が朝鮮戦争で戦死するというラストは重い。

posted by ♪Sunny at 17:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 邦画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月24日

北の零年

 劇場で予告のポスターをみた時から夫が「見たい」といった作品。やっぱり北海道の話ということで興味があったみたい。予備知識はほとんどなかった。
ただ、豊川悦司がアイヌの格好をしているし、タイトルからも北海道の話しだろう、という程度のことだった。ポスターで見る限りキャストも良さそうだったし、ということで出かけた。
あんな長い時間の映画だとは思ってなかったけどね。

 さて、中身は、明治維新で居場所のなくなった淡路島の稲田家が北海道に移住を命じられて、開拓していく中で出会うこんなんと数奇な運命…って言うのが簡単なストーリーかな。
 結構泣けたし、映像も綺麗だった。
特に前半は、開拓への情熱、夢を実現させるのだという理想が逆に開拓の困難さを際立たせた。
 渡辺謙演じる小松原に関してはほとんど最後の方まで、主演の吉永小百合演じるその妻と一緒になって信じきっていたんだけど、すっかり裏切られた。最近、謙さん、単なる良い人じゃない役が増えてきたような気がする。それだけ芸の幅が広がったということ?
でも、もしあの妻が自分だったら…って思うと、やっぱり腸(はらわた)が煮えくり返るほど頭にくるけどね。でも、夫の裏切りをもゆるす妻、やっぱりそれが愛なのか、時代なのか…。ある意味で、もう後ろを向いていなかったということかもしれないけど。でも、やっぱり、吉永小百合との夫婦役はちょっとギャップがあったなあ。

 柳葉敏郎と石田ゆり子の馬宮夫妻は、男性と女性の性質の違いが現れていた感じ。
男は、足元をすくわれたら案外弱い。理想が崩れた時、夢が破れたとき、一つの目標を失ったとき、次の目標を見出すことが困難で現実から逃げてしまうことがある…。勿論、ごく一部の人だと思うけど。女性は、理想よりも、現実を見る。わかりもしない未来の心配をするよりも、今日を生きることに力を発揮する。それがたとえどんな方法でも。さらにそれが子供を守るためなら…。やはり自分はこうなりたくはないと思うけれど、それはそれで理解できるなあ、と思う。女性の強さ、したたかさを感じさせる役だった。理想どおりにいかない現実に妥協して生きる多くの人々の姿を象徴しているような女性だったと思う。
 今回の映画の中で一番違和感があったのは、吉永小百合。すごくきれいなんだけど、生活感がなさ過ぎ…。夫がいなくなった後、女の細腕で、たくましく、牧場を切り開いて、素晴らしい馬を育てるという設定なのだけど、いつまでたっても綺麗なままで…。夫と再会したときに夫の手は綺麗で自分の手はマメだらけで、「とても恥ずかしくてあなたに見せられない」と言うのだけど、特殊メイクされた手だけが唐突にマメだらけ、って感じ。
 でも、吉永小百合って、最後の映画スターって言う感じかなあ。今の女優さんや俳優さんって、映画スターって感じじゃないけど、吉永小百合は、どこまでも主演女優が誰よりNO1だった時代の映画スターって感じ。それはそれで、夢を売るというかうまく表現できないけど、努力で身につけられない才能の一つなのだとは思う。
 あまりにも理想的な、夢のような女性だけど、この主人公の志乃という女性は、それでも、やっぱり自分ならこんな風に生きたいと思わせるような女性ではある。まあ、どこまでも理想的で、非の打ち所のない女性で、こんな人いないだろう、というような人ではあるけど。
 いずれにしても、男性がどっちかと言うと現実という壁に立ち向かった時に弱い人間であるかのような作品であった気はするけど…。
 香川照之はやっぱり上手いなあ、と思う。脇役だけど、阿部サダヲも好きだなあ。この人、初めて意識したのは「踊る大捜査線」の犯人役でゲスト出演していた時かなあ。その前後に何かもう一本、チョイ役で出ていた気がするけど。なんかちょっと舞台の匂いのする人で、そんなところが好きなのかもしれない。
 石原さとみは、静御前よりは、こういう役のほうが、よほど似合っていた。志乃の娘役は、子役時代の子も可愛くて健気でよかったけどね。
 ワンポイントしか出ていなかったけど、鶴田真由も西洋人と結婚している新しい女性を好演していたと、わたしは思う。ちょっとやな役で出ている馬淵晴子とか、やっぱり存在感があって、ぴたっと役にはまっていて、こういう人がいるから、芝居が締まるんだなあ、と思う。満ちゃん(平田満)の農夫役もピッタリはまっていたし!
 後半になって、豊川悦司の演ずるアシリカの過去も明らかになり、だんだんと志乃とその娘と心を通わせていくところは好きだった。ていうか、アシリカが一番格好いい役だったんじゃないかなあ。昔々、「ガラスの仮面」で有名な美内すずえの漫画で「ポリアンナの騎士」っていうのがあったけど、それを思い出した。ホントに騎士(ナイト)って感じで、困ったときには必ず助けに来てくれて、あくまでもストイックに心を通わせながらも、陰ながら支えていく、ってところがまあ、いかにもなんだけどカッコイイ。ラストも、展開はある程度読めたけど、希望も持てる終わり方で、まあ、本当に夢々しいと言えば夢々しい映画だったけど、見た後に「つまらなかった」ということはなかったし、それなしに明日への希望みたいなものを持てた映画だった気はする。
 まあ、お薦め!と言うほどではないけど、観て損したとは思わなかった。好みもあるだろうけどねぇ。わたしは、舞台でも映画でも、観る前には作られたものに多くを期待はしない。というより基本的には期待しないことにしている。そうすれば、「つまらないものを観た」と思わずに、その作品のよいところを見ることができるから。ま、それでも期待してしまうこともあるし、がっかりすることもあるけれど。そういう意味で、この作品もそれなりに楽しんだ作品だった。
(しかしこんな感想で、見ていない人はわかるのかな?まあいいや)

  
posted by ♪Sunny at 17:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 邦画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年11月28日

「石井のお父さんありがとう」≪日記より≫

 良かった!、感動した!
良かったところは、孤児院の働きが「神の愛の実践」である、とはっきり語っていたところ。
あと、子供たちがよかった…何というか、奇麗事だけじゃなくて、だけど、子供らしい純粋さや一生懸命さがあって…。
 辰子、だったかな?石井十次の再婚相手の…、女優さんの顔、良く知ってるんだけど、誰だっけ、思い出せない。エンディングを見て「ああ…」と納得。元宝塚娘役トップスターの星奈優里。
チラシをちゃんと見ていれば、わかったはずなのにね。
それにしても、ついつい、「死線を超えて(賀川豊彦物語)」と比べてみてしまうが、牟田悌三さんや、小倉一郎さんは山田ファミリーなのだろうか?また、山田さんは、宝塚好き?賀川豊彦のときは黒木瞳がヒロインだったし…。
 まあ、そんなことはどうでもよかったけど、いかんせん、一番最初とラストに出てくる日系ブラジル人の女の子が、下手くそすぎるのが、残念。大和田伸也さんの渋さがカバーしていたけど。
 ところで、大和田伸也さんって、クリスチャンなのかなあ。
お父さんは聖公会の熱心なクリスチャンだったそうだけど。
永作博美さんは悪くないけど、どうせなら、例えば藤田朋子さんとか、クリスチャンの女優さんだったらよかったかも、なんて思ったり…。和泉ちぬさん、ってどの役だったのかなあ。
和泉ちぬさんは、わたしが救われたころ、クリスチャン新聞だったか何かに大きく取り上げられておられたのが印象に残っている。
たしか、ご主人が東宝のオーケストラの人で、クリスチャンで、その人の導きでクリスチャンになったと…確か名付け親は森繁久弥さんだったはず。
 中身のことだけど、お祈りが、「主の祈り」だけだったのがちょっと気になった…。まあ、一般の人のにわかりやすいので、敢えてそうしたのだろうけど…。TVドラマのお坊さんが、場違いに「般若心経」を唱えるような不自然さがちょっと感じられたのだけど…わたしだけかな。一般の人が見たら、クリスチャンは主の祈りしか祈っていないのか、と思わないだろうか…なんて、些細なことを心配してしまった。
 とにかく、前半から後半まで、泣いた〜。
何で泣くの?と言われても困るけど、結構泣けた。
やっぱり、あの時代に、あれだけのことができたのは、すごいことだと思うし、きっと、映画に描かれている以上のものすごい苦労があったことだろう…。
 キリストがかごを背負っておられる…という、夢の話は、なんだかとても教えられた。わたしたちは、ともすると、神様の力を制限し、「イエス様、これでもう十分です」と言ってしまうことがあるのではないだろうか。
そこに神様への信仰と信頼が、表れるのではないだろうか。
 そういえば、わたしは、神様に、祈る時、「神様、わたしが○○をささげることができるようにしてください」と自分で自分にできることも制限してしまうことがある。そんなときに何度も「いいえ、それだけではありません、もっとです。あなたはこれだけささげるのです」と能力や、時間など、様々なものを、イエス様のほうで押し広げて下さった…。
これも、イエス様へのわたしの信頼度の低さを物語っているのだろうなあ…。
すべてささげても、尚、与えてくださるイエス様をどこまで信じきれるか…、わたしたちは、イエス様の、神様の能力を制限してはいないか…映画を見ながら改めて考えさせられた…。
そしてまた、働きをしてくださっているのは、イエス様ご自身であること、わたしたち人間は、後ろからちょこっとかごを支えているに過ぎない、そのようなものであること、そんなメッセージも、見逃してはならないような気がした。
 それにしても、あれだけのことをしても、一切自分を誇らず、すべてのご栄光をイエス様に帰した石井十次ってすごいよなあ、と改めて感じた。
 「日本のジョージ・ミュラーに」そう簡単になれるものでもないだろうけれど、それができてしまうところが、信仰であり、神様の業なのだろうなあ。金銭も食べ物もないときに、祈りによって与えられると言うのも、ジョージ・ミュラーと同じではないか!
 そういえば、救われたころに聞いた話。「クリスチャンの証しの本を読んで御覧なさい。ほとんど、お金がないときにいかに与えられたか、ってことが書いてあるから」
確かに、神様は必ず、経済的なことも祝福してくださるんだなあ。
思い煩うより先に、信じてささげることだ、とこれもまた改めて心に刻んだ…。

 頭では知っていることが、映像を通して、物語を通して、色々と語られてきた。そういう意味でも、良い作品だったのだと思う。
 こういう作品が、もっともっと多くの人に見られて欲しいなあ、と思う。
 それにしても、クリスチャン新聞に「洗礼のシーンが迫真の演技だった」みたいなこと、書いてあったけど、洗礼のシーン、演技って程の演技もなかったと思うけどねえ…。

posted by ♪Sunny at 16:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 邦画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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